ひかりもち‥

 
 
『おひとつどうぞ』
 
ひとり途方に暮れ、公園のベンチで呆然としていた真帆は、ふと顔を上げた。
見ると、白いワンピースにセミロングの、小学生くらいの少女が両手を差し出していた。
 
『おひとつどうぞ』
 
少女は屈託のない笑顔で、何かを手のひらに乗せている。
突然の事に驚きながらも、真帆が手を差し伸べると、少女は白く光る丸い物体を乗せた。
光っているように見えたその物体は、目を凝らしてよく見ると、お餅のようだった。
思わず顔を上げると、いつの間にか少女は消えていた。
「あれっ?」
あちこち見回してみたが、夕暮れの公園には人影がなくなり、気がつけば真帆ひとりがベンチに座っていた。
少し碧みを帯びたようなその餅は、指で摘むとなんとも柔らかい。
そっとひと口頬張ってみる。
「あっ、この味‥。」
それは真帆が小学生の頃。
そう、先ほどの少女と同じ年の頃に、母と作ったお餅の味と同じだったのである。
 
その日、母は朝から上機嫌で、今までうちでは炊いた事のない甘い匂いのお米を炊いていた。
「お母さん、なんかすごくおいしそうな匂いがするよ?」
『そうでしょ?今日は特別だから、お餅を作るのよ。』
「お餅?おうちでも作れるの?」
『んー、お母さんも初めてだけど、簡単に作れる方法を教えてもらったのよ。』
「そうなんだー!真帆もお手伝いするー!」
『うん、お願いするからね。』
「やったぁー! あっ、でも何で今日は特別なの?」
『ふふっ、それは後でねー』
「えー?なんでー?」
『ふふふっ。』
 
そんな会話をしながら母とふたりでお餅を作って、父と三人で食べた。
あの時作ったお餅の味と同じであったのだ。
でも、何が特別だったのだろう‥?
思い出せない。
ふと気がつくと、真帆の頬に涙が伝っていた。
「お母さん‥。」
 
 
その夜は満月だった。
日記を書き終え電気を消すと、少し開いていたカーテンの隙間から、柔らかい光が差し込んできた。
そっと窓辺に近寄り、少しだけ窓を開けてみる。
夜風がひんやりと、真帆の体を包み込んだ。
「今日出会った、あの少女はいったい‥」
人懐っこく、屈託のない笑顔の少女‥。
しかしどこか儚げで、それでいて懐かしい。
真帆は両手を合わせて、目を閉じ月に願った。
 
「今日も無事に過ごすことができました。月の女神様に感謝いたします。
 どうかわたしたちのところにも‥天使が舞い降りてきますように‥」
 
 
真帆は夢をみていた。
その日思い出した、母と初めてお餅を作った日の夢だ。
父が帰宅して、母は踊るように出迎えていた。
耳元で母からなにか囁かれた父は、突然喜んで母を抱き上げた。
真帆には何があったのかまったくわからず、そして、父と母だけ喜んでいる様子に、ちょっと不機嫌になった。
「なにがうれしいの?なんで真帆には教えてくれないの?」
そんな真帆を見て、父が駆け寄ってきた。
『真帆ー!とってもうれしいニュースだぞ!!』
「な、なにー?」
『お前もついにお姉ちゃんだー!』
「オ ネ エ チャン‥?」
『そうだよー!良かったなぁ、真帆。やっとうちも4人家族になれるんだー!!』
 
父も母も子供が大好きで、結婚したら沢山欲しいと思っていたようだった。
しかし、真帆が生まれてからその後は子供ができず、父は諦めていた。
そんな父を見ていた母は、ひとり孤独に努力をしていたらしい。
食事はもちろん生活においても、これはいいよ、と言われたものはすべて試していたのだ。
そんな中で、やっとふたり目を授かったのだから、その喜びは尚更の事だったのだろう。
その時に、母が言っていた言葉‥。
『赤ちゃんができないのにはね、体が冷えてるのもいけないんですって。
 もち米には体を温める効果もあるし、昔の言葉で"ハレ”も意味するからね。』
 
「あぁ‥!!」
真帆は飛び起きた。
「そうだ!あの時、弟ができたんだったけ‥。」
慌ててカレンダーを見てみる。
そういえば、ここのところ仕事が忙しくて病院にも行ってなかったし、何より先月から‥来ていない!
 
 
真帆は結婚6年目。
夫は子供が大好きで、真帆自身も保育士になるほど子供好きだった。
早く子供が欲しい、と頑張っていたがなかなかできず、病院通いも経済的に辛くなってきていた。
結婚後、すぐに母が他界してしまって、身近に相談できる人もいなかったので、精神的にも追い詰められていた。
自分の選んだ仕事も後悔していた。
毎日可愛い子供たちに囲まれているのはうれしい。
だけど、自分はこんなに頑張っているのに授かれない‥。
徐々に見ているのが辛くなってきていたのだ。
「もう、辞めようかな‥。」
子供のいないところでの仕事なら、哀しい思いをしないのかもしれない。
そうすれば気が紛れて、もしかしたら授かれるかもしれない‥。
そんな事を思いながら、あの公園で、ひとり途方に暮れていたのだった。
 
いつの間にか、窓の外では小鳥が囀って、空が白みだしていた。
少しだけ開けていたカーテンを全開にして、真帆はそっと呟いた。
 
「今日はお餅を作ってみようかな‥」