魔法のうさぎ







「やっぱりここに居たんだな。」

背後から突然声をかけられて振り向くと、目の前に缶のミルクティーが現れた。
その向こうには、わたしよりずっと年上の先輩の顔。

「あ、ありがとうございマス…。」

差し出されたミルクティーを手に取り、そっと胸元に引き寄せる。
温かい…。
ふぅ~っと息を吐き俯くと、ふぁさぁ~と大きなダッフルコートが頭からかぶせられた。

「なんで来なかったの?パーティ。みんなお前の事待ってたのに。」

先輩はわたしの隣に来て、覗きこむように話しかけてきた。
わたしはそっと顔を上げ、正面の遠くを見つめて答えた。

「あ、すみません。人が多いの苦手で…。」
「それに…。」

「それに?」

「いえ…。何でもないです。」

わたしはまた、俯いてしまった。
今日はクリスマスイヴ。大好きな人と過ごせたら、この上なく幸せな日。
でもわたしは…。

「まぁ、さ。人生いろいろあるよな。」
「いろんな奴が居て、いろんなことがあって。」
「自分が経験したことは、他の誰にもわからないことだけど、それでも、
 その時のお前の気持ちをわかりたいと思う奴もいて、その時のお前を抱きしめてやれなかったことを悔しがる奴もいるってこと。それだけは覚えておけよ。」

…?
驚いて顔を上げると、ふわぁっと先輩に抱きしめられていた。
意表を突かれて後ずさりしようとしたけど、先輩の腕にはもっと力が込められた。

「ひとりで泣くな。俺がこうして、抱きしめててやるから…。」
「もうこれ以上、強くなろうとしなくていいから…。」

「や…、ちが…。わたし……。」

声になる前に、涙が零れた。
あ…。そんなんじゃないのに。わたし…。

気づくとわたしは、先輩の胸の中でいっぱい泣いてた。
先輩はそんなわたしの背中をさすりながら、ずっと抱きしめていてくれた。
ひと通り泣いて落ち着いたわたしに、先輩は自分のお話を聴かせてくれた。
先輩が今まで経験した、軌跡の証。


未明に降り始めた雪は、いつの間にか止んでいた。
朝日が昇るころ、わたしは笑顔になっていた。
時間が経つのはあっという間。そろそろ帰らないと、お仕事に間に合わないよ。

「お、もうこんな時間かぁ~。」
「あんまり楽しくて、時間が経つのも忘れてたね。」

先輩が、笑顔でわたしを離してくれた。
わたしも笑顔で別れを言ったとき、先輩が急いで近くの雪をかき集め、きゅっきゅっと手の中で固めた。

「これ、俺からのMerryChristmas!」

そう言って手渡された雪玉は、器用にうさぎの形をしていた。

「ありがとうございます。」

わたしはそのうさぎを受け取り、先輩に頭を下げて足早に立ち去った。
そんなわたしを先輩は、ずっと、ずっと見送ってくれていた。


家に着いたわたしは、先輩からもらったうさぎに、おめめと耳を付けてベランダに飾った。
その隣には、自分で作った雪うさぎ。
本当にありがとう…。
心の中でそう呟きながら、急いで家を出た。
クリスマスなのに今日もお仕事だし。
でもなんか、ずっと心に重くのしかかっていた塊が、柔らかい日差しに少し、溶けたような感じがしていた。
クリスマスなのに…。
クリスマス、だから…?


その頃、ベランダに置いてた雪うさぎたちは、暖かな日差しに照らされて、いつの間にか消えてしまっていた。
ふたつのまぁるい水たまりの中に、ピンクとシルバーのダブルハートのペンダントが、
きらきらと輝きを放っていた―。