魔法のミルク







Deck the halls with boughs of holly
Fa-la-la-la-la, la-la-la-la
'Tis the season to be jolly
Fa-la-la-la-la, la-la-la-la
Don we now our gay apparel
Fa-la-la, la-la-la, la-la-la
Troll the ancient Yule-tide carol
Fa-la-la-la-la, la-la-la-la

「楽しそうだなぁ。」

後ろから彼の優しい声がする。
わたしは、白いクリスマスツリーに銀色のモールを巻き付け、銀色のボール型オーナメントをぶら下げていた。

「うん。子供の頃ね、お母さんと一緒に、こうして飾りつけをしてたの。」
「柊の歌を歌いながら飾りつけをしてね、少しずつできてくるツリーを見ているとね、
なんだか心がワクワクして、すごく楽しかったの。」

笑顔で答えながら彼を振り向くと、ROSE' ROYALをわたしにそっと手渡して、床に広げた沢山のオーナメントの中から、リボンのついた銀色のベルをひとつつまんだ。

「う~ん、こんなのが楽しいのか…。お前って結構女子だったのな。」

「う…。ええ、こう見えても一応…って、生まれる前からず~~~っと女子です!」

わたしがほっぺを膨らませてぷいっとすると、彼はくすくすと笑いながらおでこを小突いた。
雪わたを飾り終えたわたしは、小さなベルが沢山ついたボールチェーンを彼に手渡し、ツリーのてっぺんから飾ってもらう。
そして最後に彼に抱っこしてもらって、ツリーのてっぺんに太めの長い銀色のリボンを結んで完成!
ライトの電源を入れると、しばらく時が止まったかのように点灯していたライトが、にわかに点滅をはじめ、明かりを消した部屋一面に幻想的な輝きを放った。

「うわぁ~見て見て!すごい、めっちゃきれ~い!」

わたしが無邪気にはしゃいでいると、彼もツリーを見ながら、感心したようにつぶやいた。

「うん、確かにこれはきれいだな…。」

いつも難しい顔をしてお仕事ばかりしている彼の表情が、ゆるやかに和らいでいくのがわかって、なんだか嬉しくなる。
折角のクリスマスだもん。今日くらいは、穏やかな気持ちで過ごしてほしいと思う。

温めたミルクをカップに注いで、ツリーの下にそっと置くと、彼が不思議そうに「何してるの?」と聞いてきた。

「サンタさんにね、ミルクの差し入れ!寒い中みんなのところにプレゼントを届けるのは大変でしょう?だから、少しでも体を温めて、ほっと一息して下さい、って感じかな。」

そう言うと彼が、

「あ、だったらワインがいいよ!ホットワインだったら体も温まるし、ほっと一息できる!もちろん赤でね!」

と、楽しそうにホットワインカップに注ぎだす。
わたしは思わず苦笑い。
昨今、車いすでもお酒を飲んで乗ったら飲酒運転で捕まっちゃうのに、サンタさん大丈夫かなぁ~と要らぬ心配をしつつ、楽しいクリスマスイヴの夜が更けていった。


そしてクリスマスの朝。
早くに目を覚ましたわたしは、しっかり包み込んでくれている彼の腕の中からするすると抜け出した。
彼へのプレゼントを置きにツリーを飾った部屋に来てみると…。
彼が用意したホットワインがなくなっていて、その代わりに小さなプレゼントBOXと小さなカードが置いてあった。


 .。.:*・゚Merry X'mas:*・゚。:.*
 小さな幸せが少しずつ寄り集まって、
 いつか、大きな幸せになるといいね。


箱の中には、大きな星と小さな星がそっと寄り添っているペンダントトップ。
ふたつのお星さまをつなぐように、小さなダイヤモンドが中央に輝いている。

わたしは自分の用意したミルクをこくん…とひとくち口に含んで、彼からのプレゼントを身に着けた。
そして寝ている彼の隣に座り、そっと口づけをする。


MerryChristmas!
あなたとこうして過ごせる時間が、わたしにとっての幸せです♡







目覚めた彼のひと言:「なんか、子猫とキスする夢見ちゃった…。」
わたし:「え?へぇ~にゃんこともキスするんだ…。」
彼:「あ、いや、ミルクの味がしたと言うかなんと言うか…。」
クスクスッ♪







魔法の鍵






しとしとと降り続く雨の中、わたしは大きな箱を胸にそぉ~っと抱えて、
紫陽花ロードの丘の上に向かった。
そこには、大好きな彼のマンションがある。
彼とは今日、約束はできなかった。
ここのところ忙しかった彼とは、最近連絡が疎通になっていた。
なのでわたしは、直接彼のマンションへ行ってみることにした。
大きなこの箱だけでも、渡せたらいいな‥そう思いながら。

彼の部屋の前で、呼び鈴を鳴らしてみる。
案の定、扉の向こうから返事はない。
何となく、もしかしたら彼が家に居るのではないか…なんて淡い期待があった分、
やっぱりか‥と言う落胆は大きい。
今日は、とても大切な日だから…。

「なんで居ないのよぉ…。」

思わずそう呟きながら玄関のドアに背中をつけると、そのままするすると座り込んでしまった。
今朝は早くから起きて、台所でひとり、格闘していた。
そう言うときっと、すごく大げさに聞こえるかもしれないけれど、わたしにとっては一大イベントだった。
一週間も前からイメージトレーニングをしていたのに、いざ本番を迎えてみると、
なかなかに難しい作業がいっぱいだった。
やっとの思いで出来上がった『それ』は、傍目から見るととても不格好で、
とても『それ』と認識するのは難しいかもしれない。
でももう、誰かに聞いている時間はない。
わたしは、事前に用意していた箱に『それ』を入れ、綺麗にラッピングをして家を出た。

正直、かなり悩んでいた。
逢いたい時に逢えないし、連絡が取れない時もあるし、
もしかしたら他に好きな人ができちゃったのかな、なんて…。
でも、今日もしかしてちゃんと逢えたら、そんな考えも消えるような気がしていたのに…な。

そして1時間後―。
わたしは彼のマンションの玄関先で、しとしと降りしきる雨音を訊きながら、眠りに落ちてしまった。



さらさらと触り心地の良い感触に、しとしとと心地よい雨音。
そして、どこからか微かに大好きな彼の匂いがした。
そう、大好きな彼が大好きな、コーヒーの香り…。

あれ…?ん………?

わたしは慌てて目を開けた。
飛び上がって辺りを見回すと、彼がコーヒーをすすりながら、難しそうな本を読んでいる。
わたしの気配を感じたのか、ふとこちらを振り向き、おもむろに笑顔になった。

「目が覚めた?いや~びっくりしたよ。」

柔らかな笑みのまま、彼がわたしの傍までやって来る。
状況をつかめていないわたしは、ここで初めて、彼のベッドに横になっていたことを知った。
えええぇぇ~~~~!?
顔面蒼白…ううん、ゆであがったたこさんのように真っ赤になった顔を見られたくなくて、
お布団の中に隠れた。
そんなわたしを彼は、お布団ごと抱きしめて、まるでバナナの皮をむくように、そっとお布団をはがした。

「あ、あ、あれ?わたし…。んと、あ、ごめんね、忙しいのに…。」

思わず俯いて、しどろもどろになる。
今は耳まで真っ赤っか。熱い…。
そんなわたしにお構いなしで、彼はわたしのおでこに自分のおでこを押し付けた。

「ん…、大丈夫そうだな。」

……?
わたしがきょとんとしていると、彼は苦笑いしながら答えた。

「おまえ、いつからあそこで寝てたの?ずいぶん暖かくなってきたとは言え、
いくら何でも雨降りの夜に外で寝てたら風邪ひくでしょ?」

あ、しまった!
今日は朝早かったから、ここについて彼がいなかったことで気が抜けて…。
彼は、わたしがお熱を出していないか確認してくれたらしい。
いや‥、それっておててでも良かったのでは…。
そう思いながら、ここに来た主目的を思い出す。

「あ、…箱。」

わたしは慌ててお布団から出ようとすると、彼がテーブルの上を指さして、
声を抑えながらくすくすと笑った。

「あぁ、あれね。うん、美味かったよ。」

わたしは目玉が飛び出そうなくらい目を見開いて、彼を見た。

「え?食べたの?なんで??違うよ!あれは…あれはオブジェだったんだよ!!」

渾身の力を込めて叫ぶと、彼は、うわっはっは~と豪快に笑いだした。
おめめに涙を浮かべながら…。

「ぃやぁ~違うの!なんで笑うの!?ひどい…。ケーキじゃないもん!オブジェだもん!」

頑張ったのに…。もう言葉にできなくなって、わたしはそのまま泣いてしまった。

「ごめん、ごめん。」

彼は涙をぬぐいながらわたしを引き寄せて、そっと抱きしめ、頭をぽんぽんってしてくれた。
でもそんなんじゃ、わたしの気持ちは収まらない。
気持ちいいけど…。

「ありがとう。おまえの気持ちが十分に伝わってきた。本当に美味かったよ。」
「ありがとう…。」

彼がさらにぎゅ~って抱きしめた。
わたしは彼に向き合って、きちんと座り直し、彼に言った。

「お、お誕生日、おめでとう!…遅くなっちゃったけど。」

時計を見ると、すでに日付が替わっていた。
本当はお誕生日の日に、彼に伝えたかったのに。

「大丈夫、遅くても嬉しいよ。」

彼はにこやかに笑って答えてくれた。
その笑顔を見たら、何となく抱いていた不安が、見事に消え去った。

「よかった…。でも本当は、あなたの大切な日に、一緒に過ごしたかったな…。」

ふと、そんな呟きが唇から漏れた。
そんなわたしの唇に指でそっと触れ、彼が耳元で囁いた。

「ずっと一緒だったよ。」

そう言いながらわたしの手を取り、冷たく硬いものを握らせた。
わたしが「なに?」と言いながら手を開いてみると、そこには…。

そこには、銀色に光る、真新しい鍵があった。
びっくりして彼を見上げると、優しい目で見つめ返してくれた。

「ここの合鍵。いつでも来ていいよ。ずっと居てくれても良いし。」
「最近本当に忙しくて、電話もできないから…。俺も心配になるし。」
「またあんな風に、玄関で眠られても困るしな!」

最後はいつも茶化してしまう。照れ隠しなのはわかってる。
すごく彼らしいんだけど、思わずわたしも笑顔になってしまう。

「もう…、ひと言余計だし……。でも、ありがとう!めちゃ嬉しい…。」
「わたし、お料理頑張るね!いつかきっと、あなたより上手になるんだから!」

わたしはそう言いながら、涙を堪えることができずに、彼の胸に顔をうずめた。
窓の外からは、しとしとと降りしきる雨音。
そして今、わたしに一番近いところで、彼の心臓の音が聞こえる。
温かく、そして優しく流れる時の中で―。











魔法のうさぎ







「やっぱりここに居たんだな。」

背後から突然声をかけられて振り向くと、目の前に缶のミルクティーが現れた。
その向こうには、わたしよりずっと年上の先輩の顔。

「あ、ありがとうございマス…。」

差し出されたミルクティーを手に取り、そっと胸元に引き寄せる。
温かい…。
ふぅ~っと息を吐き俯くと、ふぁさぁ~と大きなダッフルコートが頭からかぶせられた。

「なんで来なかったの?パーティ。みんなお前の事待ってたのに。」

先輩はわたしの隣に来て、覗きこむように話しかけてきた。
わたしはそっと顔を上げ、正面の遠くを見つめて答えた。

「あ、すみません。人が多いの苦手で…。」
「それに…。」

「それに?」

「いえ…。何でもないです。」

わたしはまた、俯いてしまった。
今日はクリスマスイヴ。大好きな人と過ごせたら、この上なく幸せな日。
でもわたしは…。

「まぁ、さ。人生いろいろあるよな。」
「いろんな奴が居て、いろんなことがあって。」
「自分が経験したことは、他の誰にもわからないことだけど、それでも、
 その時のお前の気持ちをわかりたいと思う奴もいて、その時のお前を抱きしめてやれなかったことを悔しがる奴もいるってこと。それだけは覚えておけよ。」

…?
驚いて顔を上げると、ふわぁっと先輩に抱きしめられていた。
意表を突かれて後ずさりしようとしたけど、先輩の腕にはもっと力が込められた。

「ひとりで泣くな。俺がこうして、抱きしめててやるから…。」
「もうこれ以上、強くなろうとしなくていいから…。」

「や…、ちが…。わたし……。」

声になる前に、涙が零れた。
あ…。そんなんじゃないのに。わたし…。

気づくとわたしは、先輩の胸の中でいっぱい泣いてた。
先輩はそんなわたしの背中をさすりながら、ずっと抱きしめていてくれた。
ひと通り泣いて落ち着いたわたしに、先輩は自分のお話を聴かせてくれた。
先輩が今まで経験した、軌跡の証。


未明に降り始めた雪は、いつの間にか止んでいた。
朝日が昇るころ、わたしは笑顔になっていた。
時間が経つのはあっという間。そろそろ帰らないと、お仕事に間に合わないよ。

「お、もうこんな時間かぁ~。」
「あんまり楽しくて、時間が経つのも忘れてたね。」

先輩が、笑顔でわたしを離してくれた。
わたしも笑顔で別れを言ったとき、先輩が急いで近くの雪をかき集め、きゅっきゅっと手の中で固めた。

「これ、俺からのMerryChristmas!」

そう言って手渡された雪玉は、器用にうさぎの形をしていた。

「ありがとうございます。」

わたしはそのうさぎを受け取り、先輩に頭を下げて足早に立ち去った。
そんなわたしを先輩は、ずっと、ずっと見送ってくれていた。


家に着いたわたしは、先輩からもらったうさぎに、おめめと耳を付けてベランダに飾った。
その隣には、自分で作った雪うさぎ。
本当にありがとう…。
心の中でそう呟きながら、急いで家を出た。
クリスマスなのに今日もお仕事だし。
でもなんか、ずっと心に重くのしかかっていた塊が、柔らかい日差しに少し、溶けたような感じがしていた。
クリスマスなのに…。
クリスマス、だから…?


その頃、ベランダに置いてた雪うさぎたちは、暖かな日差しに照らされて、いつの間にか消えてしまっていた。
ふたつのまぁるい水たまりの中に、ピンクとシルバーのダブルハートのペンダントが、
きらきらと輝きを放っていた―。