魔法のクレヨン







「はい、じゃあみんなで、お母さんのニッコリ笑顔を描きましょうね~。」

そんな先生の掛け声で、周りのみんなが一斉にお絵描きを始めた。
わたしはひとりうつむいたまま、クレヨンを持つことができなかった。

「海月ちゃんは、おばあちゃんを描きましょうね~。」

先生が、気にかけて声をかけてくれた。
わたしは、顔を上げることができなかった。
『おばあちゃんなんて、やだ…!』
心の中でそう呟いた。でも声にはできなかった。
だって、口を開けたら泣いてしまいそうだったから…。

頑なにこぶしを握り締めて黙り込んでいるわたしに、先生は呆れ果てて行ってしまった。
しばらくして、みんなのお絵描きもいよいよカラフルになってきたころ、後ろから声をかけられた。

「どうしたの?」

優しい声の主は、園長先生だった。

「あの…、おばあちゃんでもいいって言ってるんですが、描こうとしないんです。」

担任の先生が言った。

「う~ん、そうだなぁ…。」
「じゃあ、こうしましょう!園長先生が、海月ちゃんのクレヨンに魔法をかけてあげる。」

園長先生はそう言うと、わたしのクレヨンを手に取った。

「チチンプイプイ、チチンプイ!海月ちゃんの描きたい絵が描けるようにな~あれ!」
「さぁ、これでもう大丈夫。海月ちゃんの描きたい絵が描けるようになったよ。」

魔法をかけられたクレヨンは、わたしの手の中に収められ、その上からきゅう…っと握られた。
ほんわかと伝わってきたぬくもりにハッとして顔を上げると、そこには、園長先生の優しい笑顔があった。
わたしは、もらったクレヨンで必死に絵を描き始めた。
お給食の時間も、お昼寝の時間もひたすら描いていた。
そして、おばあちゃんのお迎えが来るころには、1枚の絵を描き上げていた。
先生が、おばあちゃんに今日の出来事をお話している間、わたしはおばあちゃんの足にしがみついて、後ろに隠れていた。
おばあちゃんは、そんなわたしの頭をよしよししながら、先生のお話を聴いていた。
時折、とんとんって背中をたたいてくれるおばあちゃんの手も、温かかった。


あれから十数年。
夜空に浮かぶ母の顔は、かなり黄ばんでいた。
でもその笑顔は、いつも変わらずわたしを見守っていてくれる。
そんな母は今、お顔いっぱいの白いカーネーションに飾られている。
いつも以上に優しく見える母。
わたしは静かに手を合わせて、そっと呟いた。

『お母さん。わたし、保育士になったよ。』