魔法のチューリップ







ご近所の空き地に、チューリップが咲きそろいました。
むかし、独り暮らしのお婆さんが住んでいた場所。
お婆さんが亡くなった後、家は取り壊されたけど、花壇だけは残されたとか。
近くに住んでるおばさんが、毎日お手入れをしていました。
雨の日は傘をさして、お天気の日は帽子を深くかぶって、たまにご近所さんと立ち話をしたり。
おばさんの笑い声が聞こえると、なんだか嬉しくて、いつもそこを通るのがとても楽しみでした。

ある日ふと見ると、チューリップが数本、首チョンパされていました。
切られたチューリップの花は、近くにまとめて捨てられていました。
なんて酷いことをするんだろう、子供のいたずらかしら…?そんな事を思いながら、その日は通り過ぎました。
だけど数日後、首チョンパされているチューリップが増えていました。
明らかに故意にやってるとしか思えない数です。
やだ…、なんでこんなことするの?酷い…。
わたしは涙が止まりませんでした。
おばさんもきっと、悲しんでいるんだろうな…。そう思うと、とても心が痛みました。

年度初めの忙しさもひと段落し、久々にお休みが取れました。
お天気も上々、眩しいくらいの太陽が、この季節にはないくらいの暖かさをもたらしています。
わたしは、おばさんにチューリップのお話をしようと思い、空地へ向かいました。
案の定おばさんは、空地に座り込んでお花の手入れをしています。
いた!
わたしが声をかけようとしたとき、信じられない光景を目にしてしまいました。
おばさんが、チューリップの花を首チョンパしていたのです。
え…?
わたしはその場で動けなくなってしまいました。
自分が目にしている光景が、とても信じられませんでした。
あんなに丹精込めて育てていたおばさんが、こんなことをするなんて…!

その場で動けず固まっているわたしを見つけて、おばさんが声をかけてきました。

「おはよう。今日はお休み?」

わたしは挨拶を返さなくちゃって思いながら、つい、心の嘆きを言ってしまいました。

「おばさん、なんでそんなことするの?可哀相すぎるよ…。」

おばさんはきょとんとしながら花壇を振り返り、あぁ、と納得したように言いました。

「これね~。うん、そうだね。でもこうしないと、球根が痩せてしまうの。」

「球根?」

「そう。来年のためには仕方がないんだよね。そうやって、なんて言うか、命を繋いでるんだね。」
「だから、少し長めに切って、好きなの持ってっていいからね。」

おばさんはにこやかにほほ笑みながら、チューリップを優しく見つめました。
命を繋ぐ…。なんだか大げさなようにも聞こえるけど、大切なことなのかな。
よくわからないけど、次に繋げるために大切なことなんだね。
そんな事を思いながら、おばさんに、チューリップのお手入れ方法を教わりました。

チューリップの季節が終わるころ、おばさんの姿も見えなくなりました。
風邪でも引いたのかしら?なんて思っていましたが、1ヶ月経っても2ヶ月経っても姿を現さなくなりました。
花壇は、お手入れする人がなく、あっという間に荒れ放題になりました。
さすがにわたしも心配になり、通りかかったおじさんに訊いてみました。

「あぁ、あの人ね。亡くなったんだよ、先日。」
「しばらく入院してたんだけどね。ダメだったんだねぇ~。」

そんな!そんな…!
体調が悪いだなんて、知らなかった。
だっていつも笑ってたもの。
お花に囲まれて、とても楽しそうだったのに…。



今年もチューリップの花が、綺麗に咲きそろいました。
赤・白・黄色、マゼンダ、マーブル。
おばさんに教えてもらった、チューリップの育て方。
今はわたしが引き継いでいます。
不器用なわたしだけれど、おばさんに教えてもらったことをひとつひとつ思い出しながら育てました。
そんなチューリップを眺めていると、優しく暖かな風に揺れ、おばさんの笑顔が見えました。


首チョンパ、忘れないでね~!」