魔法のオルゴール







「ねね、オルゴール置いたから、聴きに来てね!」

お友達から、そんな誘いを受けた。
彼女は、わたしがここに来てすぐにできた、長い付き合いのお友達。
一時は男性を巡って、ライバル宣言をされたこともあるんだけど。
もう覚えてないかな?
でも、わたしにその気がないことを解ってくれたらしく、男性よりも仲良くなった。
彼女はいつも気さくで、殻に閉じこもってばかりいるわたしを、引っ張り出してくれた。
むかし、あまりにショックな出来事があって、海に飛び込んだことがあった。
結局は死にきれず、また戻ってきてしまったのだけれど。
あの時彼女は、こんなわたしを優しく迎え入れてくれた。
『いつも見守ってるよ。』
彼女からのメッセージが、今もわたしの心の支えになっている。

そんな彼女は旅が好き。
いつもフラっとどこかへ行ってしまう。
わたしは、いつでも彼女が戻って来れるように、どんな辛いことがあっても、哀しいことがあっても、ここで待っている。
そんなことを言っても、やっぱりもうダメって思うこともある。
でも彼女は、わたしがピンチを迎えると颯爽とやって来て助けてくれる。
彼女の伝聞力は本当にすごい。

わたしは彼女のお部屋を訪ねた。
誰もいない静かな空間。
綺麗に整理整頓され、女の子らしい。
彼女の言ってたオルゴールを見つけ、ちょんちょんってつついてみた。
でもオルゴールは重い殻を閉じたまま、びくともしなかった。
『…聴き方を訊いてくるの忘れた。』
わたしは、いくらつついてもびくともしないオルゴールを、うらめしい目で見た。

翌日、オルゴールの聴き方を彼女に訊いた。
やり方は間違ってはいないようだった。
もう一度彼女の部屋を訪ね、ちょんちょんちょんってつついてみた。
やっぱり聴けない。
あ、音声出すの忘れてた。そんな事を思い、ミュートを解除した。
でもやっぱり聴こえてこない。
これはもしかして、家主さんがいないとダメかしら?
それとも嫌われちゃったかな?
メソメソしている子には聴こえないのかもね。

さらに翌日、彼女に問い合わせた。
彼女からは、「まさかとは思うけど、ミュートにしてないよね?」とのお返事。
あはは、よくお分りで。
でも大丈夫。わたしもその辺は成長したのよ。
そんな事を思いながら、また彼女のお部屋に向かった。
幼児が横断歩道を渡るくらい慎重に、あちこち確認した。
よし、大丈夫なはず…。
『お願い、今日こそはあなたの素敵な音色を聴かせてね。』
わたしはオルゴールに優しく声をかけ、そっと触れてみた。
でも鳴ってはくれなかった。
わたしはいつもこう。
何をやってもうまくいかない。
トロくてどんくさくて、自分で自分が嫌になってしまう。
涙が零れた。

もういい加減諦めようって思ったとき、目の前に赤いボタンが現れた。
ううん、今まで気が付かなかっただけかもしれない。
「わたしを押してごらん。」ボタンがそう言った。
わたしは恐る恐るボタンを押して、またオルゴールに触れてみた。
今まで、何をしてもうんともすんとも言わなかったオルゴールがふたを開け、すごく優しく柔らかい音楽が流れ始めた。
あぁ、やっと聴けた。足かけ3日もかかっちゃった。
ホント、どうしようもないくらい、どんくさい。
情けない自分を横に置いといて、わたしはその音色に聴き入っていた。
吸い込まれるような綺麗な旋律に、わたしの心は意識を失った。

気づくと朝になっていた。
わたしはそのまま眠ってしまったようだ。
辺りを見渡すと、オルゴールどころか彼女の部屋も消えていた。
わたしは不安を覚えあちこち探し回ったが、扉の鍵は見つからなかった。
彼女はまた、旅立ってしまったようだ。
それでも、わたしの心には残っている。
彼女が繋いでくれた温かな手の感触と、リトルマーメイドのオルゴールの音色が…。