魔法のおにぎり







友達からメールが来た。

『お~い!生きてるかぁ~?(笑)』

わたしは返信できなかった。
『生きてる』ってなんだろう…?そんな事を思っていた。

しばらく、外界から離れていた。
生きていくってことの意味が解らなかった。

生きる。

生きている。

生きていく…。

ただご飯を食べて、寝て、起きて。
体を維持することが、生きているってことなのだろうか。
そうじゃない、よね…?
そうじゃないって、言ってほしい。
真っ暗な部屋で、月明かりだけを頼りに壁にもたれかかった。
ここ数日、何があったんだっけ?
あぁ、そうそう。
わたしは、大切な人を守ろうとして、その大切な人を壊してしまったんだ。
わたしがいることで、彼が傷つけられていくのを見ていられなかったから。
わたしが消えれば、彼を守れると思った。
でもわたしの大切な人は、わたしを離さなかった。
その意味を解っていたのに、わたしは彼の手を振り切った。
わたしが攻撃されるならいい。
でも、そうではなかったから…。
ただ、わたしは自分の事を考えてなかった。
自分にとって、大切な人と居ることが、本当の意味での『生きる』って事だったってことを…。




暗闇に流れる静寂を破って、インターホンが鳴った。
しかも、ここぞとばかりに連打される。
この鳴らし方…、あり得ないんですけど。。

重い腰を上げてふらふらと立ち上がろうとしたとき、いきなり部屋のドアが勢いよく開いた。

バンッ!!

「うぴゃあ…。」

思わず変な声をあげてしまった。

「なにやってんだぁ~!客人を待たすな!!」

「ご…ごめん…。」

さっきメールをくれた友達だった。
彼女の傍若無人さは相変わらずだ。

「あんたねぇ~、ふざけんのもいい加減にしなさいよ!電話にも出ない、メールも返さない。それが友達に対する態度な訳?生きてるか死んでるかの連絡くらいしなさいよ!!」

死んでたら連絡できないよね…なんて言ったらどうなるのだろう。
今の何倍もの言葉が返ってきそうで怖いので、言葉を飲み込んだ。

「いい?わたしの目が黒いうちは、あんたの好き勝手になんかさせないからね!」
「わたしがあんたと一緒にいるって決めたんだから、梃子でも離さないよ!!」
「わかった?わかったら手を洗ってきて、これ食べなさい!」

彼女に手渡されたのは、持ち手のない紙袋だった。
中を開けてみると、ラップにくるまったご飯が数個入っていた。

「これ…なに?」

「ハクのおにぎりだ!」

彼女は、自信満々に言った。

「…は?」

「だからぁ~!千と千尋に出てくるだろうが?ハクのおにぎりだよ!」

彼女はそっぽを向きながら、つっけんどんに言い放った。
え…っと、おにぎりには見えませんが…?
なんて言ったら、やっぱり怒涛の如く言葉の嵐になりそうなので、口を噤んだ。
不器用な彼女が作れる、精一杯なんだと思ったから。

「あ…りがと…。」

わたしは、やっとの思いで声に出した。

「いい?今のあんたに必要なのは、まさしくそれなの!」
「わたしがそう思うんだから、そうなの!」

どんな理屈だ。
わたしはおにぎりを手に取り、ひと口頬張った。
ちゃんとお塩が振ってある。
そう思ったとたんに、もう枯れ果てたと思っていた涙が零れてきた。

「あ…!手を洗ってからって言ったでしょう!?」

また彼女に怒られた。
はは…。何やってもダメだな…。

「泣くな、ばかぁ…。」

そう言った彼女も、なぜか泣いていた。
わたしも涙が止まらなかった。

「だって…、いつもこ…だもん。なにやっ…ても、ダメ…なんだも…。」

「いいんだよ、それで…。わたしがいいって言ってんだから、それでいいんだ…よ。」


そして二人は壁にもたれてコツンと頭を合わせて、小鳥のさえずりが聴こえるまで深く深く眠った。
白く艶やかに光るおにぎりを片手に…。