魔法のぬいぐるみ







わたしの車の助手席には、大きなくまのぬいぐるみが鎮座している。
ちゃんとシートベルトを締めて、危険がないかを見ていてくれてるの。
夜のドライブなんかは、彼がいてくれて本当に助かる。
だって‥一応女の子だから、何があるかわからないでしょう?
あ、そこ!笑うところじゃないわよ!!

この子をうちに連れてきた時、実はめっちゃ怒られたのよね。
「お前は子供か!!」って。
でもね、すごく優しい目でわたしを見つめてくれたのよ。
吸い込まれるようにハグしたら、もう離れられなかったの。
すごくふわふわで、柔らかくて、ちゃんとおててを後ろにまわしてぎゅうぅ~って。
だから、だから…。

まぁそんなだから、お仕事の時以外はずっと一緒なのよね。
あ、お風呂の時もか。
ふふっ、これじゃあ恋人なんかできないわね。
それでもいいけど。
今はこの子と一緒にいられるのが、わたしにとっては一番の幸せかな。

そんな感じで毎日を過ごしていたある日、車で信号待ちをしてる時に通行人の人たちに笑われた。
えぇ、えぇ、いつもの事ですよ。頭のおかしい気違いな女だと思ってるんでしょ。
わたしはちょっとムッとしながら、信号が変わったのを確認して発進した。

数日後、同じ交差点にこないだと同じ人がいた。今日は一人だ。
やっぱり信号が赤になったので車を止めると、その人が近づいてきて窓をコンコンってノックした。
なんかうちのくまさんを指さして、口パクしてる?
よくわからないけど窓を開けてみると、彼はにっこりしてこう言った。

「そちらの方は、あなたの恋人ですか?それともお父様ですか?」

はぁ?意味わかんないし…。
あっけにとられてその人の顔をじぃっと見つめてると、彼はさらに言葉を続けた。

「もし恋人なら、僕はそいつを殴って助手席から引きずり下ろすし、お父様ならご挨拶申し上げないといけないのです。」

頭、真っ白。何を言われてるのか理解できない。

「あなたの事をずっと見ていました。こんな僕ですが、よかったらお付き合いしていただけませんか?」



これがわたしと主人との出逢い。
今はわたしが助手席に座り、例のくまのぬいぐるみを抱っこして乗る。
もちろん運転は主人なんだけど。
ときどきやきもち焼くのかな?信号待ちをしてると、くまさんを押しのけてキスしてくるのよね。
ふふっ。
でもそんな時、決まって信号が青になって、後ろの車からクラクションを鳴らされる。
くまさんのおめめが、キラリンって光ってるのは、誰も知らないんだけどね。