魔法の白い花







郊外の、すごく辺鄙なところにわたしのアパートがあります。
駅から随分離れているので、残業で遅くなったときなんかは、真っ暗な道を歩かなければなりません。
これ以上ないくらい神経を尖らせて、ちょっとの物音も逃さないように一歩一歩進みます。
これでもむかしは、ぽつぽつと点在する家の灯りを頼りにすることができました。
でも、いちばん頼りにしていたおうちのお婆さんが亡くなって、とても寂しい道のりとなりました。

そのおうちのお婆さんは、植物が大好きな方でした。
おうちよりもお庭の方が広く、本当にいろんなお花や立木が、所狭しと植えられていました。
朝となく夕方となく、お庭のお手入れをしているお婆さんをよく見かけました。
気さくに声をかけてくれるお婆さんは、独り暮らしじゃ寂しいでしょうからと言って、お庭のお花を束にしてくれるときもありました。
そんなお婆さんはわたしにとって、なんとなく心の安らぐ存在でした。
でも、主(あるじ)を失ったおうちは寂しく、お庭も荒れ放題になってしまいました。
今ではだれも、その存在すら覚えていないのかもしれません。


その日わたしは、やっぱり残業で遅くなってしまいました。
終電に乗って最寄りの駅に着くころには、もうどのおうちも灯りが消えて、しんと静まり返っていました。
わたしは、ぼんやりとした街灯を頼りに家路を急いでいました。
すると、あともう少しでアパートにつくと言うところで、コツコツコツ…と後ろから近づいてくる足音に気が付きました。
一瞬にして体がこわばり、うまく足を運ぶことができなくなりました。
重たい石になったように固まった頭は、後ろを振り返ることもできません。
足音はどんどん近づいてきます。
わたしの心臓はバクバクで、息をすることもできないくらい苦しくなりました。
逃げなくちゃ…そう思うのに、体が言うことをききません。
いよいよ背後に差し迫った足音に、わたしは泣くこともできずにしゃがみ込んでしまいました。

もうダメ!誰か助けて!!

心の中でそう叫んだとき、白く輝く光が、突然目の前に現れました。
目を開けられないほどの眩しさではなく、やんわりとした光です。
わたしは、そんな柔らかな光に包まれました。
いつの間にか息苦しさもなくなり、体の緊張もほぐれていました。
そして、ふらふらと立ち上がりその光の中心に向かって歩いていくと、あのお婆さんのおうちが見えました。
お婆さんのおうちから、柔らかな光が溢れていました。

あぁ、お婆さん…。


翌朝、わたしは自分のベッドで目を覚ましました。
どうやって帰ってこられたのかはわかりません。
でもなぜか枕元には、かざぐるまの花が数本置いてありました。
むかしお婆さんがわたしに、寂しいでしょうからと言って、花束にしてくれたお花でした。















花言葉:心の美しさ