魔法のカーテン







カチャカチャと、耳障りな音が聴こえてきた。

「あら、目が覚めた?」

って、なんだか体格よさそうな女の人の声。
わたしは目を開けてそちらを見ようとしたけど、体が動かない。
あれ…?
体だけではなく顔も動かせないことに気づいたのは、鼻に酸素チューブが繋がれているのがわかったからだ。

「しばらく入院になりますからね。」

せかせかと点滴の速度を見ながら、その女性(おそらく看護師さん)は言った。
んと…、んと?
現状を把握できないまま、頭をフル回転させる。
ここはどこだろう?
目だけは動かせたので、その女性に訴えかけるようなまなざしを送った。
彼女はしばらくして気が付いて、神妙な顔になって応えてくれた。

「あなたは今朝、道端に倒れていたところを運ばれてきたのよ。」
「○×の病院のお薬がバッグに入ってたから問い合わせたの。」
「随分長く通ってたのね。でも、水分も摂れなくなってたのなら入院しないとダメでしょう?」

そう言えばそうだったけ。
なんか随分長いこと眠っていたような気がするので、夢の中での出来事だったような…。

数か月前、急にお腹が痛くなって病院へ行った。
対処療法的なお薬をもらって様子を見ていたが、2週間経っても改善しなかった。
その病院ではこれ以上は無理って言われて、専門医に通っていた。
専門医ではいろんな検査をされた。
乙女には(オホンッ)、すっごくあり得ない検査とか。検査とか…。検査とか……。。

わたしの体は、とても綺麗だった。
そりゃあ、その頃はもう何も食べられなくなってたもの、当たり前。
でもお水は飲めてたのよ。その頃はね。
だけど…。
症状が改善しないまま、お薬だけ飲んでたんだけど、気が付いたらお水も飲めなくなってた。
そして…。
こんなことになってしまった。

こうなったら、さすがにもう諦めるしかない。
こんなになっても死ねないのなら、諦めるしかない。
うん。そう言い聞かせた。

わたしは、唯一動かせる目をきょろきょろして、周りの様子を窺った。
天井には光量を抑えた蛍光灯。
足元はわからないけれど、両脇と頭上はカーテンで覆われているみたい。
窓がない…。
狭そうだけど、部屋の真ん中にカーテンに覆われたベッドに横たわるって、アラブのお姫様みたい。
なんて思ってるわたしには、まだ余裕があるのかな?
ちょっと自笑…、自傷?冗談。

数日間は、点滴だけで過ごした。
1日3回、胃の粘膜を保護するお薬を、チューブで入れられもした。
とりあえず、液体だけでも受け入れられるようになるようにって。
その間、あり得ない検査は拒否!断固拒否!!

さらに数日が過ぎたころ、少しだけなら水分を摂れるようになった。
そんな時、ふと天井が目に入った。
あ…、そう言えばずっと、空見てないな。
こんな状態なのに、なぜかそんな事を思ってしまった。

「真昼の空にも星が輝いている」

そんなことを言っていた人がいたっけ。
24時間点滴から、1日3回の点滴に変わったころ、看護師さんにそれとなく訊いてみた。

「あの…、いつになったら空を見られるようになりますか?」
「星空が…、見たいんです。」

看護師さんはちょっと困ったような顔をして、でもすぐに、「きっともうすぐ見られますよ。」と言った。
だけど…、わたしはいつまで経ってもこの部屋を出ることができなかった。


ある日わたしが眠っていると、ふわっと暖かな風が頬をなでた。
病院とは思えないくらい静かで、心拍数を図る機械音も聞こえない。
遠くから、微かに優しい声が聴こえてきた。
聞き覚えのある、わたしの大好きな声。

「……で、…そっちが……。」
「そしてこっちが……。」

懐かしい声にふと目を開けると、そこには信じられない光景があった。
わたしは、病院に居るはずなのに。
狭い部屋の、さらにカーテンに囲まれたベッドの上に居るはずなのに。
そこには…。

そこには、どこまでも続く草原と、そして、満天の星空があった。
彼と語った、夢の中のお話そのまま。

やだ…、なんで?
なんでこんな…。

一斉に星々が揺れ始めた。
優しい彼の声が、体の中に響いてくる。
暖かな風に、わたしの意識が夜空に飛んでいくような感覚を覚えた。
どこまでも、どこまでも。
あなたの元へ―。



カチャカチャと、耳障りな音が聴こえてきた。

「あら、目が覚めた?」
「今日から一般病棟へ移れますよ。」

わたしの体から、いろんな機械を取り外しながら、看護師さんが言った。
わたしは、夢の中の余韻に浸りながら、ぼぉ~っとした頭で聞いていた。
ガラガラとワゴンを押して部屋を出ようとする看護師さんに目をやると、そこには折りたたまれたカーテンが数枚と、学校の視聴覚室で見たことのあるプロジェクターが乗っていた。
ベッドの周りのカーテンが取り外され、いつの間にか窓からは、眩しいくらいの朝陽が差し込んでいた。
そんな光の中でも、わたしは覚えている。
あなたと見た、あの星空を…。