魔法の24時間







その日、早朝にメールで起こされた。

『あなたの24時間を私にください。』

そんな風に書かれたメールに、わたしは何かの間違いだろうと、二度寝の態勢に入った。
さらさらと心地よく触れる毛布の感触を肌に感じながらうとうととしかけたところに、突然ドアベルが鳴り響く。
あまりの大音量に、わたしはベッドから飛び起きた。急いで玄関へ走る。
自分の心臓もバクバクだけど、これじゃあご近所さんの迷惑になっちゃうもの。

ドンドンドンドン…!

今度はドアを叩きはじめた。
えええ~!?鍵を開けるために差し出しかけた手を引っ込めると、今度は怒鳴りはじめた。

「早く起きろー!時間がないぞーーー!!」

…って、彼じゃない。

「ちょ…、ちょっと待って。」

鍵を開けると同時に、彼が勢いよくドアを開けていきなり抱きついてきた。
うわぁ…。
よろけるわたしを抱きかかえて「おはよう!」ってキスをする。
や…、そんな状況ではないのでは…。

「メール見た?もうあと23時間と45分しかないよ。」
「急いで着替えて。時間無いから。」

わたしが口をはさむ暇もなく、急かす彼。
何があったのかよくわからないまま、彼の言うとおりに着替える。

「じゃ、行くよ。」
「長距離だから寝てていいからね!」

そう言って、わたしを助手席に座らせて車を走らせた。

しばらくすると、車は高速道路に入った。
方向音痴のわたしでも、北へ向かっているのはわかった。
行先を教えてくれない彼。
単調な景色を見ているうちに、わたしはそのまま眠りについてしまった。

「着いたよ。」

そう言われてハッと目を覚ます。だいぶ時間が経ったようだ。
朝はまだ見えなかったお日さまが、今は頂点に達している。
周りを見渡すと、えっと…、ここはどこだ!?
ちょっと大きめの川に、草木の生えた…土手?
駐車場らしきこの場所には、沢山の車が止まっていた。

「えぇっと~、ここはどこでしょう?」

目は川原を見遣ったまま、顔だけ彼へ向けて尋ねてみる。

「ん?ここはイギリスです!」

嘘だし。周りの車には日本のナンバープレートが付いてるし、川原にいる人たちも日本人だし。
わたしが頭の中で脳内会議をしているのを想像したのか、彼がプッっと噴出した。

「真面目に考えるなよー。んな訳ねぇだろ?」
「ほら、あっちの方行ってみるぞ。」

彼に手を引かれて川原に降りると、ところどころにパネルが建てられていた。
順路?らしきものに誘導用のロープが張られ、そこには目を疑う看板が…。

『イギリス海岸』

え…?
イギリスの海岸?ううん、イギリス海岸って、もしかして宮沢賢治さんの?
わたしはきょろきょろとあたりを見回すと、そこかしこに建てられているパネルには、宮沢賢治の作品の説明が書かれていた。

「うわぁ~!なにこれ?なにここ?ホントに?」

わたしのテンションは一気にMAXへ昇りつめた。
目を輝かせて彼を振り返ると、彼は満足そうに微笑んだ。

「いいぞ。ゆっくりして。」

彼の言葉を背に、わたしはすでにロープの内側に飛び込んでいた。
後ろからくすくすと笑い声が聞こえる。
彼の優しい笑い声に、わたしも嬉しくなった。


しばらく夢の世界にいた。
気づくと後ろからふわぁっと腰に手を当られ、彼に引き寄せられる。

「ほら、見てごらん。」

彼が指さす方を見ると、川の底が露出した面に太陽が当たり、きらきらと反射している。

「わぁ…きれ~い!」

宮沢賢治が謳ったイギリス海岸を再現するため、この日は上流のダムの出水制限をしているとか。
なんて粋な計らい。家族連れや学生の子たちが川の中ほどまで行って遊んでいるのが見えた。
そしたらさぁ、やっぱり!
わたしは彼の手を引いて、川の中へパシャパシャと入って行った。

「ぅわっ!?ちょっと待て…!!」

いつもは力じゃかなわないけど、意表を突かれた彼は成す術もなく一緒に川の中へ。
まぁ案の定。つるんって滑って、ふたりとも転んでしまった。
びしょ濡れになったふたりの格好が可笑しくて、しばらく笑いあった。

「も少し水かさがあったら、FFごっこできたのにね!」

「おぉ~まぁ~えぇ~わぁ~!」

コツンって頭を小突かれた。それから座ったまま、ぎゅうって抱きしめてくれた。

「もう…可愛すぎだし。いいか、何があってもそのままでいてくれ。」

「…うん。」

彼の胸にもたれて微睡んでいると、微かに視線を感じそっと目を開ける。
そこには、おめめをまん丸にした子供たちが…!

ハイ。ここは公の場所で、しかも川の中で、そして今日はイベント中でございました。
彼も気まずそうに苦笑い。彼が先に立って、わたしに手を差し伸べてくれる。
こういう些細な優しさがうれしいよね。

「とりあえず着替えがないから乾くまで待つか。」

「夜になっちゃうけど大丈夫?」

「折角だから、宮沢賢治が見た星空を、僕たちも見て行こうよ。」
「明日の朝までに帰れればいいからさ。」

「うわぁ、すてき!」

わたしは彼に跳びついた。


ほんの些細なところで、わたしを肯定してくれる彼が好き。
気を張らずに居られるって大事なことだよね。
24時間、いつだってあなたに捧げられる。
あなたとずっと、一緒に居たい…。