魔法のお線香






部屋の隅で、ひざを抱えて泣いていた。
顔を上げることができなかった。
読経の流れる中、誰かがわたしの腕をつかんだ。
『お線香、立ててあげて。』彼女はそう言った。
わたしは言われるままに祭壇の前に立ち、お線香を立てた。
遺影を見ることはできなかった。

大好きな祖父が他界した。
生まれた時からずっと、可愛がってくれていた。
いつも祖父のお膝の上に居た。わたしの定位置。
祖父に抱かれて眠ることもしばしばあった。
わたしは祖父が大好きだった。
でもその祖父が、他界した。


気の強いわたしは、よく男の子たちにいじめられた。
追いかけられて、転んでけがをすることもしょっちゅうだった。
その度に泣いて帰った。
祖父は傷口をきれいに洗って、『いたいの、いたいの、ないないだよ~。』っておまじないをかけてくれた。
そしてぎゅう~って抱きしめてくれた。
いつもわたしを守ってくれた祖父。
もうそんな祖父はこの世にいない。

読経の流れる中、わたしはやっぱり顔を上げることができなかった。
部屋の隅の壁にもたれかかって、和尚様の読経を聞き流していた。
何も考えられない、ソウシツカン。
しばらくして読経が止むと、どこからともなく感嘆の声が漏れてきた。
ふと顔を上げると、みんながわたしを見ていた。
わたしが腫れた目をこすりながら祭壇を見ると、そこには信じられない光景があった。


 わたしの立てたお線香だけ…灰がくるんって丸くなっている。。


『みぃちゃんは一番のめんこちゃんだったからねぇ~。』
『じいちゃんが喜んでるんだよ。』
親戚のおじさんやおばさんが、泣き笑いで教えてくれた。
そして和尚様がお話をしてくれた。

「お仏様が、よおけ(沢山)喜んでなさる。あんだ(あなた)がすごぐ(すごく)大事で、この世にのごして(残して)いぐ(行く)のはとっても気がかりだげんど(気がかりだけれど)、んでも、こうしで(こうして)線香ば(線香を)あげでぐれれば(あげてくれれば)それだげで(それだけで)嬉しいど。」
「体はなくなっで(無くなって)しまったけんど、ちゃんど(ちゃんと)そばにいで(そばにいて)見でっから(見てるから)、元気にしでねど(元気にしていないと)わがねど(ダメだよ)。」
「ええが(いいか)?お仏様はちゃ~んど、あんだ(あなた)の心のなが(心の中)にいっからな(いるからな)。」

わたしは、うんうんってうなずきながら、祖父の遺影を見た。
厳格な表情だった祖父が、でれっと目を細めてわたしを優しく見つめ返してくれた。
わたしは『おじいさん…』って心の中で呟いた。


あれから毎年、わたしはお盆を祖父の家で過ごす。
相変わらず、わたしの立てたお線香だけ、灰がくるるんって丸くなる。
親戚のおじさんやおばさんには、『いっつもみぃちゃんのだけやねぇ~。』って笑われる。
だからわたしも笑顔でこう答える。


「だって、おじいさんとわたしの仲やもん。仕方ないやぁ~ん。」