魔法のお塩







「ね、あ~んして。」

わたしは彼の唇を見つめながら囁いた。
彼は微かに唇を動かしただけで、目を閉じたままだった。
まだ無理かな…。
少し冷めたおかゆさんの入ったレンゲを置いた。
わたしはきゅっと唇を結んで涙をこらえた。

彼が倒れた。
連日の猛暑でバテてしまったのね。体が熱い。
病院に連れて行こうとしたのに、行きたくないって腕を引っ張られた。
どうみてもあなた、自宅で療養できる範囲じゃないのに…。
病院嫌いも大概にしてほしい。
…頑固者!

お熱なのに寒いと言う彼。
わたしはありったけのお布団をかけてあげた。
でも、ガタガタと震えている。
どうしよう…。
わたしはふと、子供の頃におばあちゃんから聞いた、むかし話を思い出した。
そう、それは…。

待って…!わたしは頭をふるふると振った。
だって、それって…。
かぁって体が熱くなった。頭の中で論議開始。
『いくらなんでもわたしには…。』
『まぁこういう時は仕方がないんじゃない。』
『いや、でも他に方法はあるでしょう…。』
『ごちゃごちゃ言ってないで、早くやっちゃいなよ~。』

わたしは意を決して服を脱ぎ始めた。
心の中で、『人命救助。人命救助。…これは人命救助なのよ~!』って言い聞かせながら。

ドキドキしながら、彼の首元に触れてみる。
熱い…。
少し強めに手を当てると、彼が突然ぐいって腕を引っ張ってお布団の中へわたしを入れた。

「や…。」

びっくりして彼を押しのけようとしたけど、お熱があっても男の人の力には敵わない。
彼はさらに腕に力を籠めて、ぎゅ~って抱きしめた。
わたしはパニックを起こし、ジタバタ手足を動かしてみたけどあえなく撃沈。
そんなわたしに、彼が耳元で囁いた。

「大人しくしてて。このままで、気持ちいいから…。」

そして深く吐息を吐いて、眠りについた。
初めての同衾。
でも!人命救助だからね!!
わたしは彼の胸に顔をうずめた。


翌朝目覚めると、彼がわたしを見つめていた。
わたしはあのまま眠ってしまったらしい。
やだ…いつからみてたんだろう?
ふと、彼の顔の近さに気がついたら、急に恥ずかしくなった。
慌ててお布団にもぐる。

「今更隠れてもしょうがないでしょうに…。」

そう言いながら、わたしをするするとお布団から出した。
お熱は下がったみたい。
よかった。

「おなかすいたでしょう?おかゆさん作ったから温めてくるね。」

温め直したおかゆさんをレンゲで掬って、彼の口元へ運んだ。
彼はひとくち口に含んで、微妙な顔になって言った。

「味…しない。。」

え?あ…!お塩入れるの忘れちゃった…。
わたしは自分が情けなくて、その場にへたり込んでしまった。
なんでいつもこうなんだろう…。
肝心な時にいつもなにか抜けてしまう。
溢れた涙がぽたぽたと零れ落ちた時、彼がグイってわたしを引き寄せてぺろぺろと顔を舐めだした。

「な…!なにしはるんですか…!?」

「これで十分…。」

逃げようとするわたしを引き寄せて、今度は優しく、瞳から溢れる涙を吸い上げた。
力の抜けたわたしは、なされるがまま。
ホント、ずるいんだから…。

「お前の涙は、いつも俺のために流れる。」
「お前の俺への想いからくるものだから、俺はそれを受け入れる。」
「でも、できれば笑っててほしいな…。」

もう!あなたって人は…。
わたしはにっこり笑って答えた。

「たまには涙も流さないと、味気ないでしょう?」
「でも、あなたが元気だったら、わたしも笑顔でいられるよ!」