魔法のおはぎ







「大好きだったんだよね。」

彼女がぽつりと言った。わたしは「うん」と、小さくうなずいた。

「いつも笑顔だった。」

少し間をおいて、彼女がまたぽつりと言った。わたしも間をおいて、「うん」と言った。


彼女のお婆さんが亡くなった。わたしが知らせを聞いたのは、ずいぶん経ってからだった。
家族の中で(言い方は悪いが)一番出来の悪かった彼女は、いつもお婆ちゃんのうちに預けられていた。
お婆ちゃんと居ると一番落ち着くって、いつも彼女が言っていた。
わたしも何度か逢ったことがあるけど、物静かに笑う人だった。
そんな、彼女のお婆さんが亡くなった。
彼女はお婆ちゃん子だった。


「あの子、ずっと気を張り詰め通しで、泣いてないの。」

彼女のお母さんから連絡が来たのは、先週のことだった。
わたしはすぐに駆けつけることができず、今日になってしまった。
彼女は何事もなかったかのように、「久しぶりー。」って言って迎えてくれた。
仏壇にお線香をあげて、彼女を近くの公園に連れ出した。
二人でブランコに乗りながら、しばらく空を眺めていた。
ゆったりと流れる白い雲。遠くの空に、幾筋かの飛行機雲が見えた。
静かな時間。ブランコの軋む音だけが、この空間に響いていた。
そんな時、彼女がゆっくりと口を開いた。

「いつも、わたしは一人だった。」
「お父さんもお母さんも、有名大学出ててさ。」
「弟も頭良くって要領もいいからさ。頭悪いし何にもできないわたしは、怒られてばっかりだった。」
「あの家族の中で、わたしだけ"違った"んだよねぇ。」

「そか…。」

「お婆ちゃんはさ、そんなわたしを責めなかったんだよね。」
「この子にはこの子のペースがあるんだからって、いつもかばってくれた。」
「わたしのことを、ちゃんと見ていてくれたんだよね…。」

「そだね。優しいお婆ちゃんだったよ。」

わたしは、さらに顔を上に上げながら言った。
わたしの方が泣きそうだよ。


「風、冷たくなってきたね。」

彼女はおもむろに立ち上がってそう言った。
わたしも立ち上がって、彼女に紙袋を渡した。
彼女は「なに~?」って言いながら、紙袋の中を見た。

「おはぎ。一応…。」

紙袋から取り出したパックには、あんこが大量に詰まっていた。
はい、わたしが作りました。ええ。

「…あはは~。あんたらしいね、これ。」

彼女が笑った。
たぶん呆れられてるんだろうけど、でも、なんだかほっとした。

「お箸入ってるから、ちょっと食べてみて。」

彼女はほんの少しあんこをお箸にとって、口に運んだ。
突然、彼女の頬に涙が流れた。

「お婆ちゃん、おはぎ大好きだったんだ…。」

彼女が涙声で話し出した。

「甘いのが好きで、あり得ないくらいお砂糖入ってて…。」
「お塩入れないから、味がぼよよんとしてて…。」
「大好きだったの…。おば…あ…ちゃ…ん……。」

泣き崩れそうになった彼女を、わたしは慌てて抱きしめた。

「ごめん…。大変な時に一緒に居てあげられなくて、ごめんね…。」

わたしも涙を堪えられなかった。
彼女は、わたしの腕を必死に掴んで声をあげて泣いた。
そんな彼女をわたしは、抱きしめてあげるしかできなかった。
ずっと遠くの空にまた、飛行機雲ができた―。


『おはぎ作ったから、持ってくから~。』
そんなメールが、彼女から来た。
わたしが返事を書いて送信した瞬間、ドアフォンが鳴った。

「持ってきたよー!」

ドアを開けると、彼女が立っていた。「はやっ!」わたしが苦笑いすると、彼女が紙袋を目の前に差し出した。

「出来立てほやほやで届けるのが、わたしの主義だ!」

そう言いながら、どかどかと部屋に入ってくる。

「お皿とお箸借りるねー。」

わたしが「いいよ。」と言う前に、すでに紙袋からおはぎを取り出して、お皿に並べていた。
すごい…。わたしは彼女が作ったおはぎを見て、妙に感心した。
だって、お店で売っているおはぎみたいなんだもの。
目を丸くしているわたしに、彼女は満面の笑みで言った。

「あんたのはさぁー、おはぎと言うより"ぼた餅"だよねー。」
「おはぎって言うのは、こういうのを言うのよー!」

彼女は延々と、わたしが作ったぼた餅…じゃなくて"おはぎ"と、自分が作ったおはぎについて、笑いながら話してくれた。
もちろん、お婆ちゃんが作ったおはぎとの違いについても。