魔法のポラリス






「もし夜に道に迷ったら、夜空を見上げるんだ。きっとあの星が行き先を示してくれる。」

そう言ってあなたはわたしを抱き寄せて、北の夜空に輝く大きな星を指さした。

「もし寂しさに押しつぶされそうになったら、俺を思い出して。いつもここに居るし、いつでもお前を守っているから。」

そう言ってわたしに、三連星のペンダントをしてくれた。
あれはあなたが長期の海外赴任に旅立つ前日の夜。
某ドラマに出てきた、ポラリスのペンダント―。

あれから2年、あなたの帰りを待つわたしの胸には、いつもポラリスが揺れている。
お仕事で失敗して落ち込むときも、帰りの夜道が怖い時も、もちろん寂しい時も‥いつもあなたがここに居るって思えば怖くない。
わたしはポラリスのペンダントをぎゅっと握りしめた。
ここ最近‥と言うか、ここ数か月、彼と連絡が取れない。
時差があるのはわかるし、お仕事が忙しいのもわかるけど‥せめて気づいた時くらいメールのひとつもくれたらいいのに‥。

まぁそんなこんなで、わたしはある計画を立てた。
きっとご飯もちゃんと食べていないかもしれないし、ね。


「Sorry, how do you go to White Sachs Avenue?」

わたしは翻訳アプリの入ったスマホと地図を片手に、とある町の空港にいる。
なんとなく人相的に話しかけやすそうな異国のおじ様を見つけて、拙い英語で話しかけてみる。
突然見ず知らずのちびったい女子に片言の英語で話しかけられたおじ様は、訝しげな表情をしながら流ちょうな英語でぺらぺらと話し始めた。
わたしはびっくしりて、慌てて両手をバタバタとしながら「Sorry, could you speak a little more slowly? I do not speak English!!」と言うと、事情を察してくれてゆっくり丁寧に教えてくれた。
おじ様の言葉を頭の中でゆっくり翻訳しながら地図とにらめっこし、なんとか理解したのでお礼を言って別れようとすると、

「You are speaking English properly. Because it makes sense to me properly. With confidence. Good Luck!」

満面の笑顔で力強くウィンクまでしてくれて、なんだかすごく嬉しくなった。
彼に逢いたい一心でわき目もふらず来てしまったけれど、異国の町へひとりで来るなんて生まれて初めてで、やっぱりちょっと怖いよね。
でも、わたしにはいつも、あなたがそばに居てくれる。
「大丈夫」そう呟いて、胸に輝くお星さまをそっと握りしめた。


おじ様が教えてくれたバスに乗って、4つ先のバス停で降りる。
観光地に近いこの町では、クレジットカードのおかげでバスが無料だ。
なんて良いシステムなのだろう。あとでちゃんとカードでお買い物しなくちゃなんて思いながら、彼が教えてくれていたアパートメントを目指した。


ほどなくして行きついたアパートメントは、小高い丘の上にあった。
この道を、彼が毎日歩いているのかと思うと、ちょっとドキドキしてしまう。
そんなことはさて置き‥建物への入り方がわからない。
とりあえず時間的にはまだ帰っていないと思うので、木陰でちょっと休むことにした。

しばらくして、建物の前で車が止まる音がした。

「Thank you. You’ve always been a great help.」

「I'm happy to have been able to help you out.」

そんな会話が聞こえて来て、車を降りた男性がこちらを振り向くと、狐につままれたような顔でフリーズしてしまった。

「やばい‥幻覚まで見えるようになったよ。」

そう日本語で呟いて建物に入ろうとする。

「待て待て~わたしをスルーして行かないでよ!」

慌てて彼の背中を引っ張ると、彼がゆっくり振り返った。

「なんでお前がここに居るんだ!?どうやってここまで来た?いやそんなことより、ここがどこだかわかっているのか!?」

そう言いながら、ぎゅ~って抱きしめられる。
んん?言ってることとやってることが違うけど‥わたしも彼をぎゅ~って抱きしめて、彼の胸に顔をうずめる。
何年ぶりだろう、こうして彼と抱きしめ合うの。

「逢いたかった‥。」

彼の言葉に、「わたしも‥。」言葉にならなくて、涙が溢れてくる。
ずっとずっとこうして居たい―。


彼のお部屋にあがって、とりあえず荷物を置く。
きれいにしていると言うより、しばらく使っていない感じ?
わたしがあちこち見回していると、彼が窓を開けながら言った。

「あぁ、仕事が詰まってて、ここ数日‥と言うか、2か月くらい帰ってきてなかったから。」

そんな‥体壊しちゃうよ‥。
確かに最後に逢った時よりかなり痩せちゃってるよね。
わたしもダイエット頑張ってるけど‥そんなんじゃないもんね。

「そか‥キッチン借りるね。先にシャワー浴びてきていいよ。」

そう言いながら、わたしは持ってきたトランクの中から、お野菜を取り出した。
入管で見つかったらなんて言おうって考えていたけど、お洋服の間に忍ばせてたから見つからなかったのよね。
今日は腕によりをかけて、彼の大好きなカレーを作るの。
この日のために、ちゃんと練習してたんだから。

そろそろ煮込みに入るころ、「ん~いい匂い!カレーなんて久しぶりだな。」そう言って、彼が後ろからわたしを抱きしめてくれた。
ふにゃ‥。なんかこの感触、本当に久しぶりで照れる‥。

「後は俺がやっとくから、お前もシャワー浴びて来いよ。」

「うん、あとはまぜまぜしながら煮込むだけだから。」

そう言ってわたしもシャワールームに向かう。


カンパ~イ!
彼が出してくれた赤ワインで乾杯をする。
お酒好きの彼がチョイスしてくれるワインは、いつもわたしが飲みやすいものにしてくれる。
ホント、こんな素敵な人がわたしなんかの彼になってくれたのが不思議なくらい。
本当にいいのかなぁ~と思いながら、彼のやさしさに甘えたままここまで来ちゃった。

「ね、カレー食べてみて!あなたがいない間にいっぱい練習したんだから。」

そう言うと、彼がひと口ほおばって、「うん、うまい!」って言ってくれた。

「やったぁ!」わたしはすごく嬉しくなって、自分でも食べてみる。
んん?わたしが作ったものよりもおいしくなってる?
しばらく止まったまま無言になってしまったわたしに、「きっと逢えた喜びが魔法になって、おいしいカレーにしてくれたんだよ。」って言いながら幸せそうにカレーを食べる彼。
わたしよりお料理上手な彼のことだから、わたしがシャワーを浴びている間に味を直してくれたのね。
うん、やっぱり彼が大好き!そう心でつぶやいて、わたしも笑顔でカレーをいただいた。

食器を片付けて、ソファーでくつろいでいる彼のお隣へ座る。
彼は肩に手をまわして、わたしを引き寄せてくれる。

「これ、つけてくれてるんだね。」

そう言って、わたしの胸元にあるペンダントを手に取る。

「うん、ずっとずっとね。あなたが一緒に居てくれる、そばに居てくれるって思ってたの。わたしの道しるべであり、わたしの帰る場所だから。」

わたしはカバンから、小さな包みを出して彼に手渡す。

「これ、よかったら使ってもらえると嬉しい。」

彼はびっくりしながらも、「いったいなんだ?」と包みを開ける。
中には、ポラリスのペンダントトップと同じモチーフのクリップが付いたボールペン。

「いつもお仕事ばかりだから‥。書類ばっかり書いてて夜空を見上げられないときとか、疲れたなぁ~とか寂しいなぁとか‥そんな時にこのペンを見てわたしを思い出してくれたらいいなって思ったの。」

彼は、え?って言う顔をしてわたしを見る。

「あ、んと、ほら。ポラリスはいつも同じ場所にあって、いつも同じ輝きでみんなを見てるから‥。わたしもそうなれたらいいなって‥。」

「ばかだな…。」彼は小さくそう言って、わたしをぎゅって抱きしめた。

「ずっと、俺のポラリスはここにある。」

そう言ってわたしの胸元にあるペンダントを指で押さえる。

「お前にとってはこれが俺の代わりで、ずっとお前のそばでお前を守っているけど、俺にとっては俺の帰る場所を示しているんだ。仕事がひと段落したら‥いや、何かがあってもお前を見つけて帰れるように。俺の道しるべだ。」

わたしは涙が溢れて止まらなくなった。
「愛してる―。」
あなたにだけ使える言葉なんだと、はじめてわかった。
心の震えが止まらないよ――。







初出:2018/06/26